音楽と健康

2019.01.05

このコラムでは音楽と健康をテーマにお話しします。 音楽を聴くと心が癒されたり勇気づけられたり、そうした体験のある人は多いと思います。近年、こうした音楽のもつヒーリング効果や健康への影響について、科学的な研究が進んでいます。

日本では、例えば音楽大学で音楽療法を学ぶ学科がたくさん増えました。また、大学病院においても音楽音響医学といったような医学の立場から音楽をとらえようとする医療機関が創設されるようになりました。社会的に広い意味での健康を増進させるために、医療や福祉の分野で音楽が導入され、音楽が人にもたらす効果について関心が高まっています。

そもそも音楽療法の先進国といえばアメリカですが、2008年にメリーランド大学医学部のチームが「好きな音楽を聴くことは心臓の健康に良い」という研究結果を発表しました。音楽を楽しむことによって引き起こされる感情が血管機能に良い効果をもたらすことが世界で初めて確認され事例です。この研究は私たち音楽関係者にも少なからず驚きを与えました(2008年米国心臓病学会誌報告より)。

こうした音楽と健康の研究は主に“感情や心への影響”、“脳の活性”、“呼吸機能”といった分野で多くの指摘があるようです。

まず、音楽と心の関係についてどのような研究があるのか見てみましょう。 アメリカの精神科医であるアルトシューラー博士は、1940年代に精神病院で勤務しているとき、患者が食事をする際に聴く音楽について、患者の気分とテンポに合わせた選曲をすると、気持ち良く、スムーズに行動に移れることを発見しました。この発見は心の状態と同質の音楽を聴くことで感情のバランスが修復され、反応が促進するという、いわゆる「同質の原理」として発表され、音楽療法の世界で広く知られるようになりました。

このように音楽が心にポジティブに作用するという効果は、患者だけでなく健康な人でも同様ではないでしょうか。楽しい気分のときに楽しい曲を聴く、悲しいときに静かな曲を聴く、むしゃくしゃすれば激しい曲で発散したりといった行動は、精神的な生き物である人が本能的にもとめる自然な営みかもしれません。

音楽と心の関係は“癒す”という観点からさらに発展的な意味で、社交性や積極性の促進について指摘する研究もあります。

例えば、音楽を習う人には必ず先生がいます。また、音楽仲間をもつ人も多いでしょう。ここでは“他者”との関わりが日常的に生まれるため、適度なコミュニケーションや緊張が生じ“気持ちに張りが出る”といった指摘です。また、発表会などに参加する人であれば、ステージでスポットライトを浴びながら演奏するという経験も日常生活にはない快感や達成感をもたらします。このように日常のルーティンな生活の中に適度な緊張や気分転換を持つことで、心の廃用を防止する効果があると指摘する研究者もいます。
音楽は楽しみながら自然とそうした環境を作ることができるため、様々な健康上の利点があるという考えが広く浸透するようになってきています。

次に、音楽と呼吸機能の関係について見てみましょう。 みなさんは腹式呼吸という言葉を知っていますか。音楽経験者以外にも、フィットネスやヨガ、スポーツジムなどの経験があれば知っている人も多いと思います。実は音楽活動はこの腹式呼吸ととても関係が深いのです。

“腹式呼吸”とは、お腹を出したり引っ込めたりすることにより横隔膜を上下させる呼吸法です。肋骨(ろっこつ)を広げたり閉じたりする“胸式呼吸”とよく比較されます。クラシック音楽では、声楽や管楽器の演奏でこの腹式呼吸が必要なため、呼吸法のトレーニングも行われます。この呼吸法はお腹周りの筋肉(腹筋や背筋)をきたえる他、自律神経を整えたり、呼吸の活性化により気管や気管支の機能を高める効果があります。

とくに声楽については体そのものが楽器の役割を果たしますから、体を磨くことが演奏上達の早道とも言われています。例えば、声楽のレッスンでは呼吸のトレーニングの他、発音の練習、表情のつくり方、体をほぐすためのストレッチ、また良い姿勢を保つ必要があるため立位(直立時の正しい姿勢)のトレーニングも行います。良い姿勢は新陳代謝を促進する効果があり、また、気管や気管支の活性化は風邪の予防にも効果があるようです。
さらに、声楽や管楽器では唇やあご、舌、ほお、のどなど、口周り全体を大きく、たくさん動かすので、嚥下(えんか)機能も活性化させます。これは誤嚥(ごえん)の防止にもなるそうです。

※嚥下(えんか)機能とは =食べ物や飲み物を認識してから口の中に取り込み胃まで送る働き

※誤嚥(ごえん)とは =食物や異物が気管に入ってしまうこと(誤って気管に飲み込んでしまうこと)

人の体は使わないでいると機能が低下しますが、その諸症状は「廃用症候群」と呼ばれています。運動不足でいると筋肉の収縮力が弱くなったり、関節が固くなったり、肺活量の減少、また、呼吸機能も低下します。運動のための運動というのは中々長続きしないこともありますが、音楽を楽しむことで知らず知らずのうちに健康の増進効果も期待できる点は、音楽の知られざる魅力ではないでしょうか。

さて、最後に音楽と脳の活性化についても見てみましょう。 音楽の演奏は体や五感の様々な部分をつかいます。体では、手のひらや指、肩、ひじ、舌、唇、音を聴くので聴覚、楽譜を見るので視覚など、細かく見てみると一度に非常に多くの部分を使っていることがわかります。

指を動かすことで大脳の運動野が働きます。また、手のひらや指のどの部分に物が触れているかという情報は感覚野を働かせます。それから、音を認識するので聴覚野、歌詞の意味を意識する言語野、楽譜を読む視覚野、さらには、レッスンでの約束事と終始照合しながら演奏するので、前頭前野や記憶に関わる脳の深い部分も働いています。

このように楽器の演奏は脳の重要な部分を多く働かせる必要があるため、“脳の活性化につながる”ということが医学や脳科学などの分野で指摘されるようになってきています。

みなさんいかがでしょうか。 音楽と健康はとても深い関係にあることがご理解いただけたかと思います。 音楽を楽しむことで、生き甲斐をもち、心豊かに健やかな人生を歩むきっかけを作ってみてはいかがでしょうか。

主要参考文献

市江雅芳「音楽でウェルネスを手に入れる」~リハビリ専門医の体験的音楽健康法~ 2007、音楽之友社。

「歌の処方箋」~声楽家と医学博士が贈る~ 原口隆一、市江雅芳、2008、KAWAI。

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